役員報酬の決め方|会社に残す金額から逆算する4ステップ
2026.09.01・平澤 建
結論から書きます。役員報酬は「相場」を調べても決まりません。決め方はいつも同じで、①会社に残さなければいけない現金を先に置く、②自分の生活費の下限を置く、③残った幅の中で法人と個人に割る、という順番です。「いくらが妥当か」から入ると、他社の平均値をなぞるだけで、自社の返済も生活も守れない金額に着地します。
この記事では、期首から3ヶ月という短いあいだに決めきるための手順を、社会保険料が頭打ちになる水準や「1万円増やすと何が起きるか」まで含めて具体的に書きます。
その前に:役員報酬には「期限」と「固定」の2つのルールがある
先に制度の枠だけ押さえます。ここを外すと、いくら金額を練っても税務上の効果が消えるからです。
- 事業年度開始の日から3ヶ月以内に決める。決算月が3月なら、6月末までです。
- 毎月同じ額を支給する(定期同額給与)。この形を外れた部分は、原則として法人の損金になりません。
- 期の途中では原則として変えられない。業績が著しく悪化した場合などの例外はありますが、「思ったより儲かったので上げる」は通りません。
- 株主総会(および取締役会)で決議し、議事録を残す。一人会社でも同じです。
つまり役員報酬は、1年に1回しか触れないレバーです。だからこそ、決める前に順番を持っておく価値があります。
ステップ1:会社に残す現金を先に置く
最初に決めるのは自分の給料ではなく、会社が来期に手放せない現金です。ここを最後に回すと、報酬を払った結果として資金繰りが詰まります。
置くべきものは3つです。
- 借入金の年間返済額(元本)。ここが一番見落とされます。元本返済は費用ではないので、損益計算書に出てきません。利益が出ていても、返済分の現金は先に消えます。
- 来期に確実に発生する設備・システムの支出。更新時期が来る車両、リース満了、基幹システムの入れ替えなどです。
- 手元に置いておく運転資金。目安として月商の1〜3ヶ月分がよく使われますが、入金サイトが長い業種ほど厚く要ります。
この3つを足した金額が、税引後利益として会社に残さなければいけない下限です。役員報酬の上限は、ここから逆算して初めて見えます。
ステップ2:生活費の下限を置く
次に、個人側の下限です。手取りで毎月いくら要るのか。住宅ローン・教育費・保険料まで含めて、実額で出します。
ここで気をつけたいのが、役員報酬を下げすぎると個人の側にしわ寄せが行くことです。生活費が足りずに社長個人が会社からお金を引き出す形(役員貸付金)になると、その残高は貸借対照表に残り続けます。金融機関から見れば「会社の外に出たまま戻っていない資産」であり、評価の場面で説明を求められます。節税のつもりで報酬を絞った結果、融資の場面で不利になるという逆転が起きます。
ステップ3:残った幅を法人と個人に割る
ステップ1と2で、役員報酬の「上限」と「下限」が出ました。ここからが本題で、その幅の中でどこに置くかを、税と社会保険料の合計で判断します。
1万円単位で考えると、判断が速くなる
総額で比べようとすると計算が重くなるので、「役員報酬を月1万円増やしたら何が起きるか」に置き換えます。
| どちら側で | 役員報酬を月1万円増やすと |
|---|---|
| 会社側 | 報酬1万円と、会社負担分の社会保険料(おおむね15%前後)が損金になり、その分だけ法人税等が減る |
| 個人側 | 所得税・住民税と、本人負担分の社会保険料(おおむね15%前後)が増える |
社会保険料は労使折半で、料率はおおむね合計30%前後です(厚生年金18.3%、健康保険は協会けんぽで都道府県ごとに10%前後、40歳以上はこれに介護保険が加わります)。つまり役員報酬は、会社と個人で半分ずつ負担する「約30%の追加コスト」を伴うお金の動かし方だということです。ここを勘定に入れずに「法人税より所得税のほうが安いから報酬を増やす」と判断すると、社会保険料で逆転します。
一方、法人側に利益として残した場合の税負担は、中小法人であれば所得800万円以下の部分に軽減税率(15%)、超える部分に23.2%が適用され、地方税を含めた実効税率はおおむね25〜34%のレンジに入ります(規模・所在地で変わります)。
個人側は、課税所得330万円超〜695万円のゾーンで所得税20%+住民税10%=30%、695万円超〜900万円で33%と、階段状に上がります。
したがって、大まかな向きはこうなります。
- 報酬を上げるほど有利になりやすいのは、法人の利益が800万円を大きく超えていて、個人側の課税所得がまだ低い局面。
- 報酬を上げても有利になりにくいのは、個人の税率が上がりきっていて、かつ社会保険料もまだ頭打ちに達していない局面。
社会保険料には上限がある
ここが意外と知られていません。厚生年金保険料の計算のもとになる標準報酬月額には上限があり、現行では月額65万円で頭打ちになります。これを超える部分に、厚生年金保険料はかかりません。
健康保険側の上限はもっと高い水準(標準報酬月額139万円)に設定されているため、報酬を上げていくと「まず厚生年金が頭打ちになり、その後は健康保険だけが増えていく」という段差が生まれます。高めの報酬を検討している場合、この段差の位置は判断材料になります。
ステップ4:下振れしたときの逃げ道を先に用意する
期中に金額を変えられない以上、計画どおりにいかなかったときの想定は、決める前に済ませておくしかありません。
最低限、次の2本は先に作ります。
- 売上が計画比マイナス10%だったときに、決めた報酬を12ヶ月払い切れるか。払えないなら、その報酬額はまだ成立していません。
- 報酬を払った後の資金繰り表を、12ヶ月分。利益ではなく現金で見ます。借入返済と納税(法人税・消費税・社会保険)の月に必ずへこむので、そこで残高がマイナスにならないかを確認します。
やってはいけない決め方
- 「売上の◯%」で決める。売上が同じでも、粗利率と借入残高が違えば払える金額はまったく違います。
- 期末近くになってから慌てて考える。決められるのは期首3ヶ月です。決算対策として役員報酬を動かすことはできません。
- 利益がゼロになる金額に合わせる。法人税は減りますが、自己資本が積み上がらず、金融機関から見た返済能力の評価も上がりません。融資を使って伸ばす予定があるなら、逆効果になります。
「相場」を探しても答えが出ない理由
役員報酬について検索すると、必ず相場や平均額が出てきます。参考にはなりますが、それで決められない理由ははっきりしています。同じ売上規模でも、借入残高・入金サイト・設備投資の予定・社長個人の生活費が違えば、払える金額は倍近く変わるからです。平均値は、その4つを全部ならしてしまった後の数字です。
決め方の順番(会社に残す現金 → 生活費の下限 → 残りを割る)を持っていれば、他社の平均を知らなくても自社の答えは出ます。
税理士に相談するときは、叩き台を持って行く
最後に、実務の話を1つ。私たちはtaXelの開発にあたって、税理士の先生方に9件のヒアリングを重ねてきました。そこで繰り返し出てきたのが「顧問料3万円の壁」です。
月額3万円前後の顧問契約では、記帳のチェックと申告書の作成で稼働が埋まります。役員報酬のシミュレーションを何パターンも作って提案するところまでは、料金の構造上どうしても手が回らない。これは先生の姿勢の問題ではなく、業界の値付けが持っている構造です。
だから、社長側から「この3案で迷っている」と数字を持って行くと、話が一気に前に進みます。ゼロから作ってもらうのではなく、判断を仰ぐ形にする。先生の時間の使いどころが変わるので、同じ顧問料でも受け取れる助言の密度が上がります。
持って行くのは、次の4つだけで十分です。
- 来期の借入元本返済額
- 手元に残しておきたい運転資金の額
- 生活費の下限(手取り月額)
- 検討している報酬額の3案(下限・中間・上限)
この4つがそろっていれば、面談の場で「どれがいいか」の判断まで到達できます。期首の3ヶ月は、思っているより短いです。決算が締まったら、すぐ手を付けましょう。
執筆
平澤 建(ひらさわ たける)
taXel 代表。中小企業向けにKPI経営の伴走支援とEC運用支援を行っています。 税理士の先生方へのヒアリングを重ね、いただいた要望をそのまま機能にする形でtaXelを開発しています。
※ 本記事は一般的な情報提供を目的としたものです。税率・保険料率・制度は改正されます。個別の税務判断については、顧問税理士にご相談ください。筆者は税理士ではありません。
「うちはいくらまで払えるのか」を先に出しませんか
いくつかの数字を教えていただくだけで、借入返済と運転資金を差し引いた後の余力、資金繰りの見通し、打てる手をまとめてお返しします。決算書をお預けいただく必要はありません。無料です。
